東京高等裁判所 昭和26年(う)294号 判決
裁判所が検察官の請求に基いて証拠調の決定をするについては刑事訴訟規則の定むるところにより相手方又はその弁護人の意見を聴かねばならないことは所論のとおりである。
然るに原審第一回公判に於て原審検察官が被告人の前科調書及び身上調書各一通の取調を請求したのに対し、原審裁判所はこれが取調をする旨の決定を宣して証拠調の行われたことが同公判調書によつて明らかであるが、該調書に徴するも右証拠調の決定をするに当り被告人又は弁護人の意見が求められた形跡は見当らないから、右証拠調に際し裁判所は何等右相手方の意見を聴かないでこれが決定取調をしたものと認むるの外ないこともまた所論のとおりである。従つてこの点に関する限りに於ては所論のように原審の訴訟手続には法令上の違反がある場合に該当するものといわねばならない。
然しながら右証拠調に関し被告人又は弁護人に於てその証拠を取調べるにつき、もしくはこれを証拠とするについて異議を申述べた形跡は記録に徴するもこれを認められない。また所論の書面はこれを証拠とするにつき訴訟関係人の伺意あることを要件とするものであるならば格別、右は罪となるべき事実の証拠とする趣旨のものでもなく専ら被告人の前科、もしくは犯情を認定する資料とするための前科調書及び身上調書であつて、孰れも刑事訴訟法第三百二十三条第一号所定の公務員の作成した書面に該当し、それが真正に作成せられたるものと認められる限り、裁判所は訴訟関係人の同意の有無に拘らずこれを証拠とすることのできるものであるから、右証拠調に於て被告人又は弁護人の意見を聴かないで、それが行われたことは、違法であるが、かかる証拠はたとえ裁判所が訴訟関係人の意見を聴かないで証拠調をなして、これを採証したとしても、これを以て裁判に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続上の違背とはならないものというべきであるばかりでなく、さらに本件に於ては被告人又は弁護人からこれに対し何等異議を留めることなく取調を終り、且つ弁論を終結したことによつてその責問権は抛棄せられ右訴訟手続上の瑕疵は既に救済治癒せられたものと認むるを相当とする。従つて原判決が所論前科調書(原判決には所論身上調書は証拠として採用していない)を採つて以て被告人の前科を認定したことは結局適法であるから論旨は理由がない。